英語の学び方(1)迷いを捨てる

もし真剣に上級レベルまで英語をマスターしたい、どうしても英語力を身に付けなればならない、という人向けにアドバイスしたいことがあります。これは、あくまでも私自身の仮説ですので、ここで述べることに対する評価は、読者の皆さんの方で判断して下さい。私個人の生の声をお届けします。

前提:日本の大学を卒業してから、英検2級程度の英語力で海外に留学した日本人である「私」という枠組みで以下のことをお話します。

(1)イギリスの語学学校へ留学してすぐに、最初の壁が私を待ち受けていました。同じ学校の日本人から、「変な日本人」というレッテルを貼られてしまいました。当時の私は、24時間英語漬になり、とにかくスケールの大きな英語力を身に付けたかったので、誰に対しても「英語」でコミュニケーションをお願いしていました。日本人に対してもです。これが、誤解を生んだみたいでした(一人一人の受講生に確認していないので、断定は避けています)。

(2)私としては、英語を学ぶために貴重な時間とお金を費やしてイギリスに滞在していたので、以下のように割り切って考えていました。

  • 英語ばっかり、喋っていると日本語を忘れるというけど、数年の留学だけで何十年も操ってきた母語である日本語を簡単に忘れるわけがない。
  • 最終的に日本に帰れば、日本語は思う存分読み書きできるし、話すこともできる。焦る必要はない。当時のイギリスでも、多少は日本語の情報誌が出始めていたので、それで満足。
  • 「日本人なのに、日本語を喋るべきだ」とか「日本語を粗末にするのか」というコメントを吐く学生は、一時的に無視していました。そんな人に関わっていたら、自分の学習ペースを乱されることが分かっていたからです。
  • 「日本人なのだから、英語ばかりできてどうするの。先ず、母国語の日本語の能力をもっと極める方が優先でしょう。日本人だから日本文化や日本の歴史、社会、経済、政治、教育などについて、日本語で豊かな見識を身に付ける方が先だ!」の類の意見も、一時的に無視していました。

どうして、無視していたのか。結論から言うと、幕の内弁当式にあれも、これもと欲張って、周囲の人に良く思われようと、バランス良く勉強しようとすると、自分のペースで勉強できなくなるからです。本当に、英語が必要な人は、周囲の「ノイズ」に耳を貸すことなく、先ず英語力を身に付けることに専念すべきです。

個人的には、2年間、本気で3000時間程度の学習時間(週5日間勉強した場合、毎日5時間程度のレッスン時間を確保することになります)と実践時間(教室の外で実際に英語で意思疎通する)を確保すれば、上級レベルの英語力は身につくと確信しています。

限られた予算と時間と人的物的資源に基づき経営を行わなければならない中小企業のことを考えてみて下さい。この会社の社長が、「弊社は30の事業に進出する!」とかいったら、社員は不安になることでしょう。紙幣を印刷して利益を出せるのなら、こんなことを言う社長さんがいても、納得できないこともありません。会社がコア・コンピタンス(中核となる能力)に基づき、資源を効率的に配分して利益を追求するのは、当たり前です。あれも、これもと欲張って、薄っぺらい予算配分、資源配分をやってしまうと、すべてが中途半端な経営になってしまいます。

さて、本題に戻しましょう。英語を身に付ける際は、中途半端に勉強してはだめです。周囲のノイズは、例え的確なアドバイスでも、とりあえず無視しましょう。がむしゃらに勉強しているあなたのことを「バタ臭い」とか「非国民!そんなに英語が好きなら、アメリカに行け!」とか言う人がいても、とりあえず無視しましょう。英語のレベルが上級になった時点で、それまで無視してきたことは、再検討すればよいと思います。その時点で、「人格者」に戻ればよいと思います。

周囲の人のコメントに敏感になるが故に、外国語の勉強に取り組む自分の姿に迷いが生じてしまうと、学習効果にも影響してきます。思ったほど英語が伸びないと思います。

英語をがむしゃらに学んでいるときは、人格者である必要はありません。周囲のノイズを耳にしても、「迷わない」ことに専念しましょう。英語力が十分身に付いたら、母国語である日本語や日本の文化について再認識する時間を設ければ良いだけのことです。もちろん、これが同時に本格的にできる人は、そうしてください。世の中には、マルチタレントな人はいると思いますので。

人生とは、選択の連続です。ある時点で何かを選択するということは、別の選択を「切り捨てる」ことを意味します。1つを選択すると、もう1つの選択肢は、過去に置き去りにしなければなりません。長年、足して2で割ったような選択ばかりしていると、すべてが中途半端な人生になるリスクを抱え込みます。こういう人生を歩んでいると、恐らくストレスがもの凄く貯まると思います。50歳前後で体や心の調子がおかしくなる人が増えている印象を受けているのは、私だけでしょうか?もう少し、自分の魂の叫びに耳を傾けてみるべきだと思います。

話が逸れましたが、英語の取得(マスターすること)を選択したら、それに一定期間は邁進(まいしん)してください。目標を達成した段階(つまり、上級レベルの英語力、または自分の必要とする英語力が身に付いた段階)で、必要に応じて過去に置き去りにしてきた「自分」に会いに行けばよいのです。こうして、昔の自分に再会して下さい!この時点で、過去に置いてきた自分の選択について(別の形で実現可能かどうか)再検討しても良いでしょう。別の形で、昔の「希望」が実現できるかもしれませんから。

私自身、小学生のときに野口英世の伝記を読んで、医者になりたかった「自分」を置き去りにしています。しかし、イギリス留学中に臨床獣医学誌の翻訳チーフとなる好機に恵まれ(道のりは平坦ではありませんでしたが)、日本に帰国した後も、医学関係の翻訳を続けています(イギリスの翻訳会社から、どんどん仕事が来ています)!

これと関連して、現在の私は将来看護師となる学生相手に、医療・看護英語なるものも教えています。過去のなりたかった「自分」が、少し違った形で今の「自分」に再会しているわけです。これって、素晴らしいことだと思いませんか?

1つのことを達成したというプチ的(小さな)自信は、プラスの循環エネルギーを生み出していきます。英語で言うと、self-confidence が起爆剤となって、次のチャレンジに対する意欲や好奇心を生むといっても良いかもしれません。プチ成功したら、過去のなりたかった自分の一人に(ニックネームでも付けて)、部屋で一人のときに、こう問い掛けてみてください-「XXさん会いに来ましたよ。ちょっと、時間とエネルギーに余裕ができたので、置き去りにしたあなたと、これからの人生一緒に何かやりたくて、相談に来ました」とね。

「そんなに、英語ばかり勉強しても、専門知識や専門分野がないと、会社に就職しても駄目だよ!」という、あなたをけん制するコメントも一時的に無視して下さい。社内で断トツ、またはかなりハイレベルの英語力を身に付けた段階で、方向転換すれば良いだけのことです。その時点で自分に欠けていると思える「資格」や「専門分野」を集中的に身に付ければ良いだけのことです。

ここで、あなたが有利に立てることがあります。それは、必要な資格や専門分野に関する知識を日本語と英語で勉強できるという点です。分野によっては、英語の方がリアルタイムで情報が得られる内容があるでしょうから、必要な文献に関していちいち日本語の翻訳版を待たなくても情報がすぐに吸収できます。また、短期集中講座などのコース、通信教育などのコースも、英語で受講できる能力があれば、日本国内だけで受講先を探す必要もありません。

ということで、「短い人生、迷っている暇があったら、今すぐにでもアクションを起こしましょう!」というのが今日のメッセージです。迷わず英語を勉強してください!

BBC News Online 危険な犬種のオーナーは強制保険加入?

出典:http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/politics/8556195.stm

イギリスでのお話。現労働党が、国が指定した攻撃的な犬種を飼っているオーナーに対して、強制的な保険加入を目指した法案を検討しているようです。アイデアとしては、素晴らしいと思います。現実的に導入・施行となると、一部の犬のオーナー、保険会社、犬に襲われやすい職業に就いている人たち(ミルクマン、新聞配達員、郵便配達員、宅急便など)の利害関係の問題が一気に浮上してくると思います。この記事でも、予想される問題や困難について、いくつかの視点から記事が書かれています。

以下記事の一部を引用します。ここで、muzzle という単語が出てきますが、犬のオーナーであれば、是非知っておいて欲しい単語です。

Police and local authorities could also be given powers to force owners of dangerous dogs to muzzle them or even get them neutered.

local authorities: 日本語では、「市町村」、「地方自治体」、「当局」などが対応する訳として挙げられます。常に複数形の形で使われるのがミソです。

muzzle:犬にする口輪といったら理解しやすいでしょうか。カタカナで「マズル」という言い方も、一部の人では通じるかもしれません。

英語の婉曲語法 「年の取りすぎ」=developled in years

最近DVDで観た映画  ‘The Bucket List’ で印象に残っている表現があります。年配の男性と若い女性がエベレスト登山について、やりとりをしているのシーン。「その年でエベレスト山に登るのは、ちょっと年をとりすぎているのではないですか。」のような台詞があるのですが、以下のユーモアだっぷりの英語で問いかけていました。聞き取りだけで判断しているので、英語字幕の詳細は多少異なるかもしれません。

(1)’Aren’t you a bit developled in years to climb the mountain?’

もし、このシーンで、”Aren’t you too old to climb the mountain?’ と直接的な表現を使うと、初対面の相手に失礼ですし、バーでの会話の雰囲気が台無しになります。上記(1)の台詞を聞いて、思わず私も吹き出してしまいました。

この台詞が使われるのは、主人公の二人が香港のホテルに滞在したときです。興味ある方は、鑑賞してみてください。